≫ 管理人「りょう」はこんな人(プロフィール)

激務でぶっ倒れて人生どん底からの逆転。31歳の安定志向金融マンがネット起業開始16ヶ月で月100万達成した話

はじめまして、りょうです。


この記事では
僕の自己紹介をさせてもらいながら

「会社に頼らず個人で稼ぐ方法」

をお伝えしていきますね。


僕は都内の会社で働いている
アラサーの金融マンなんですが
2019年夏にパソコン1台で起業しました。


起業とかビジネスとか
自分には関係ない話だなーと
思ってたんですけど、
右も左もわからない状態から


☑ビジネス開始初月に月収30万円
☑ 7か月目に月収50万円
☑ 2020年12月に月収100万円


と、会社の給料よりも大きな

金額を稼ぐことができています。


こんな風に
「稼ぎましたー!」なんて言うと
人脈がーとか才能がーとか思う人も
いるかもしれませんね。


だけど、僕は超フツーのやつです。
人に自慢できることも、特技も、スキルも
誰かにお金を頂けそうな”ナニカ”なんて
起業するときはなんにも思いつきませんでした。


そんな僕ですが
ネットビジネスで起業したOLさんのブログを読んで

「なんだこれ!?ビジネスすげー!!」

と、僕の知らなかった
理想的な生き方に繋がる道を
見つけることができたんです。


そこからは早くて、
行動、行動、行動で
いろんな人と関わる中で
今、ここまで来ました。


ぶっちゃけ、僕と同じくらいやれば
だれでも中高生でも稼げます。
実際、10代のビジネスマンで僕よりも
稼いでいる人はたくさんいますから。


こんな風に誰でもできますよー。
という言い方をするのは


「(起業して)個人で稼げるようになると人生がイージーモードになる」


ということに気づきまして、
生き辛かった数年前の自分のような人を
救えるような発信をしたいからです。


起業してない自分には
起業しろ。って言いますね。笑


ビジネスを学んで稼げるようになると

◆会社に依存する必要が1mmもなくなり
   上司や同僚、お客さんの機嫌を窺ってビクビク過ごさなくてよくなる

◇個人で稼げる=ビジネスを構築できる。
   ということは、めちゃくちゃ教えて!って言われる。頼られて自信がつく

◆自分にとって当たり前のことを教えた相手から
 信じられないくらい感謝される。好かれる。さらに稼げる

◇会社の人間関係がこじれてもどうでもよくなる。
 いい意味でリラックスできる。逆に、上手くいって評価されちゃう

◆お金への執着よりも、時間や健康に気を遣えるようになる。
 さらに、家族や友人も大切にできる。半径10メートルを幸せにできる

◇こんな自分になりたかった。という自分に近づける。
 自分を好きになれる。人生が面白おかしく、魅力的なストーリーになる

控えめに言って
これくらいいいことがありますので
興味を持ってくれたら僕のブログを読んでみてください。

ビジネスやりたい!って人は
メール講座を読んでもらえればオッケーです。


とはいえ、
はじめまして!の人が見てくれるであろう
この記事で「ビジネスとは~」とウンチクを
垂れるつもりはありません。


今回は僕のこれまでの人生をお話します。
赤裸々に描いていきますし、
ビジネスを絡めるので学びもあるかなと。


ーーーーーーーりょうの物語ーーーーーーーー


ネットビジネスと出会い
起業するまでの僕は、自分に自信を持てずに
行動できない。後悔ばかりの日々を送ってきました。

 

小学校-高校卒業まで長い長い暗黒時代


小学校から高校までの12年間もの間、
ずーっと暗い日々でした。


友達は少ない。スポーツも苦手。

中学校まではちょっと勉強できたんですけど
高校では全然ついていけなくなりました。


なんかもう、1つもいいところないじゃん。。
って感じで。


人に誇れるものはない。

自分に自信が持てない。


「自分には誰かに好かれる理由がない」


という気持ちでしたね。
そのせいで、どんどん卑屈なやつに
なっていく自分がいました。

学生生活に期待していた記憶もあるんですけど、
自分なんて。という思いが強いことが悪い方向に働いてました。

高校の部活動はサッカーをしていましたが
3年間チームメイトとはほぼ口を聞かずに引退したり。
毎日欠かさず練習には顔を出すという
メンタルの強さは見せましたが。笑

「自分なんかと喋っていいことないよな」

マジでこんなこと考えてたんですよね。
我ながらやばいなーと思いますけど。

卒業後、数年ぶりに地元で
部活の集まりがあったんですけど、
大学時代にはこのネガティブ思考が
少しばかり改善されていたので


「え、りょうって普通に喋れるの?」


と驚かれたくらいです(どんなだ笑)。


自分の行動や発言が
周りに不快感を与えたらどうしよう
なんて思い詰めてたんですね。


そして悪いことにその態度が
周りを
イラつかせてました。


今振り返ると

「自意識過剰かよ」
の一言です。

でも、当時、自分のネガティブ思考を
直すことができませんでした。


僕だって本当は。

楽しい学生生活にしたかった。
ほかの人達みたいに楽しそうに
過ごしたかったよ。

だけど、現実は真逆で
朝起きて学校に行くのは本当に苦しかった。
周りの目を気にするだけの空間は
そこにいるだけで心が削られていくようでした。


ただ、この頃の抑え込まれていた
感情や
イケてない学生時代、理想と現実のギャップは
今の僕に間違いなく繋がっています。


当時を振り返ると、


もっと自信を持てば良かった。

ちゃんと気持ちを伝えれば良かった。
勇気を出して飛び込めば良かった。


そんな後悔ばかりが思い出されます。


だからこそ、学生時代のような後悔を
2度としないことを行動原理にしています。


後悔しまくったからこそ

後悔しない生き方を
模索しているわけですね。


後悔しない生き方というのは、
あの頃の僕から見て

「すげー!頑張ってるなあー!」
というやつであり続けることかなと。


もちろん、
当時の自分は目の前のことで
いっぱいいっぱいでした。
あとから振り返ってみて気づいたことです。


辛い学生生活でも

振り返ると学びがあって。


少しの勇気があれば
後悔のない生き方ができるだろうな。
今がもっとよくなるだろうな。

と思えるようになりました。


学生時代はやり直せないけど
あの頃の満たされなかった感情は
今の僕の原動力になっています。


学生時代のマイナスを取り戻す勢いで
ゴリゴリとビジネスしていますからね。
少し歪んでいるかもしれませんが。笑

 

「普通」に救われた浪人時代


こんな感じの暗い高校生活を終えたものの
受験は上手くいかず
1年間の浪人をすることに。


ダメダメな学生だなあ。と凹みましたね。
ただ、親がお金と情けをかけてくれまして。


浪人して再チャレンジするために
都心の予備校、千葉の学生寮に入れてくれました。
何百万円もかけてくれたのにポンコツで
ごめん。。


地元を離れることになりましたけど
まるっと忘れたい学生生活だったので
まったく未練はなかったなー。笑


で、このときは

「人間関係の悩み」

から完全に開放されていました。


寮で目標を同じくする仲間と出会い

一緒に勉強したり、食事をとったり、
受験後のことを話し合ったり。


あー、なんだか高校までと全然違うなと。


学校って、他人に決められた
クラスという集団にぶち込まれて
馴染めないと孤立してしまう。


ある意味ガチャみたいな空間
だよなーって思うんです。


でも、浪人生って
勉強仲間を作ってもいい。
1人で黙々と勉強してもいい。
どちらもおかしくないですよね?


まあ、これは大学も同じですけど。


人間関係に縛られずに
自由に生きることができるのって
自分にとってめちゃくちゃ大事なこと。
本当に生きやすくなるなーと思いました。


だって、好きでもない人と

絡む必要はなくて自分の好きな人とだけ
関わればいいわけですから。


だから、浪人時代は
生まれて初めて
家族以外の人間関係に「居心地いいなー」
という感情の中にいました。


当時の仲間は進学で全国に散って
なかなか会えないです。


でも、みんな恩人です。
僕はそう思っています。


僕がこんな風に思っていたなんて
誰も気づいていないでしょうけどね。笑


それほどに高校時代までは辛かった。
朝起きて学校に行くことは苦痛だった。


仲間とくだらない話をして。
将来のことで相談しあって。
困ったら頼ったり頼られて。


こういう普通の人間関係さえも
つくれるとは思ってなかった。
そんな僕に普通に接してくれてみんなありがとう。

 

いい大学生活だった!・・・あれ?何も残ってない?


1年間の浪人を経て

東京の私立大学に入学しました。


志望大学ではなかったんですけど

親と同じ大学に入学したので
なんやかんや喜んでくれてホッとしたなー。


浪人時代に人との関わり方を

かなーり矯正してもらったので
入学後にボッチにならずに済みました。笑


ドイツ語のクラスで友達ができて

部活動にも入部して仲間が増えて
気の合う友人と出かけたり飲みに行ったり。


ああ、こんな学生生活が待っていたなんて。
高校時代に苦しみ続けていた自分に教えてやりたい。
なんて思うくらいには充実感がありました。


もちろん、友人とケンカをしたり

こじれた男女関係にはさまれて嫌な思いをしたり
居酒屋バイトで奴隷のように扱われたり
お店の前でお客さんの呼び込みをしていたら
店長に忘れられて声が出なくなったりしましたけど。


思い返しても、嫌なこと10だとしたら

楽しいこと、安心したこと、
気が楽だったことの方が1000くらいあります。


控えめに言って人生のピーク。

世の中の大学生が感じているくらいには
いい大学生活だったのかなと。

 


ただ、後悔もあります。

1番は部活動ですかね。


新入生歓迎のライブを見て

「やばい!かっこよすぎる!!」

と、感動。未経験ながら
ジャズバンドでドラムを始めました。


本気度の高い部活動だったので、
練習日には21時まで演奏、そこからミーティング。
授業と両立しようとするとバイトなんて
なかなかできないような忙しさでしたね。


で、そこには、
サッカーや野球と同じように
レギュラーと言う概念がありました。

レギュラーのバンドと
ジュニアバンドというのがあって、
大学1,2年生が主体のジュニアバンド。
部内のオーディションで選ばれた人が
参加するレギュラーバンド。という感じです。


ちなみに、レギュラーバンドは

お金を貰って演奏する機会も結構あって。
学生ながら演奏でお金を貰うってすごいな。。

と思ってました。

僕は未経験から始めたので
2、2年生はジュニアバンドで演奏させてもらって、
3年生になった時、演奏を続けたいなら
レギュラーに挑み続ける必要がありました。

ちなみに、ドラマーはバンドに1人。
競争の激しいポジションです(僕以外に5人もいました)。

で、2年も情熱を燃やしてきたのに。
本当に恥ずかしいんですけど。

なんか、僕あっさりと
諦めてしまったんですね。

自分にはどうせ無理かな。
なんて思ってた気がします。

今思えば、自分の諦めの良さにがっかりしています。
なにやってんだよ。
簡単に負けを認めて悔しくないのかよ。
ってね。

当時は、バイトとか経験したい。
なんて思ってた記憶があります。

その後、新宿の居酒屋でバイトして
個別指導塾の講師もやって
中華のファミレスのホールバイトもして
工場でカステラにシロップをかけるバイトもして
なんかいろいろ経験して話題は増えましたけど。

1つのことを、音楽を。
4年間やり切らなかったことを
めちゃくちゃ後悔しています。

別にレギュラーになれなかったとしても
いいと思うんです。
やり切ることさえしていれば。

だって、年に1回のバンドの
リサイタル(発表会。ホールを借りてやります)には
4年間やり切った人たちが出演するんですけど
みんな本当に本当に輝いて見えたんです。
羨ましかった。本当にカッコよかった。
闘い抜いた人ってこんなに心を動かすんだ。って。

じゃあ、自分はどうなんだ、と。
もう余計なものに浮気しちゃダメなんだなと。
心に決めたものをやり切ることを、
一時期は一緒に頑張っていた仲間に教わりました。

ただ、僕は不器用なので
もがきまくった結果、社会に出てから
人生のどん底に落ちることになります。。

ある日突然、人生の終わりに肩を叩かれた


高校から大学にかけて人生が上向きつつ

社会人になります。が、ここでどん底に落ちます。


ただ、僕が起業するきっかけになったのも
“ここ”にありますので丁寧にお伝えしますね。

順を追ってお話します。

大学3年生の10月に
就職活動が解禁されましたが
僕が活動をした頃は就職難と呼ばれる頃。


1つ上の先輩方は仕事が決まらなくて

思い悩んでいる姿を見て
「就職活動怖い。。」
「自分なんかが採用されるんだろうか。。」
と本当に不安でいっぱいでした。

ここまでの僕の話を
目を通してもらえていたら
「あ。。(察し)この子ダメそう。。」
と思われるではないかなと。

でも、なんでかわからないんですけど
第一志望の金融機関にトントン拍子で
採用されてしまったんです。

・・・おおん!!?まじか!!と。

我ながら
「僕のどこがいいと思ったんですか?」
と言う感じです。

自分が自分の強みをわかっていない状況で
いい会社だなー。優秀な社員さんばかりだなー。
そんな会社に採用されたものだから、

「ああ、僕は拾ってもらえたんだな。」

僕の中ではこんな結論が出ました。


そして、この結論が後々に
僕を壊すことになるわけです。


社会人3年目に東京の(それまでは東北に赴任してました)
めちゃくちゃハードワークな部署に配属になりました。


どうでしょう、世間にはもっと

激務をなさる方々はいると思います。


だけど、最寄り駅を朝6時台とかに出発して

まだ薄暗い中、オフィスに忍び込んで仕事を開始。
昼休憩もまともに取れずに夜22時まで残って仕事。


当時は残業をつけるととんでもないことになるので

自主的にサビ残をしてました。仕事終わらないから。


何より同僚同士が仲が悪く

「あの人を信用しすぐない方がいいよー」なんて
上司の悪口を吹き込まれたと思ったら
上司からは同期や後輩のことを悪く言われる始末。


22時まで仕事して帰ろうと思うと

誰かが口火を切って、その場にいない人の
悪口大会が開催されてました。


あー、もううんざりだなー。って。


誰かの悪口を聞くのは本当にしんどいし

いないところで自分の悪口言われているのも嫌だし
どうせ自分のことも悪く言われているだろうなって
お互いに疑心暗鬼の負のスパイラルでした。


肉体的にも精神的にも

毎日ガリガリとすり減っている
感覚がありましたね。


帰りの電車の中で

会社のことを思い出してため息が出るし
次の日の仕事を考えると
心が休まるタイミングがありませんでした。


ただ、辛い。逃げ出したい。

という思いにはならなかったのは
僕が「会社に拾ってもらった」という
感覚を
持っていたからだと思う。


そう、たとえ逃げても誰も拾ってくれない。

会社が温情で僕を拾ってくれたに違いない。
だから、恩を返すつもりで
尽くさないといけない。ってね。


辛かったら逃げるって選択肢を

持っていなかったんですよね。


心も身体も限界が来ていたのに。


あれは、
お正月休みが明けた頃。
22時ギリギリまで仕事していた平日の帰り道。
地下鉄のホームでスマホを眺めていました。


あー、今日もしんどかった。

明日もやること山のようにあるな。
とか考えていたと思います。


すると、何の前触れもなしに

心臓が「ドクン!」と
強く脈打ったのを感じました。


ん?と思ったのも束の間、

今度は、ドクドクドクドク!!と
心臓の拍動が加速し始めたんです。
立っているだけなのに。


ていうか、ちょっと待って。

これ以上鼓動が早くなったらヤバい。
ドンドン息苦しくなって急に怖くなってきた。
めまいもヤバいし、目の前が暗い。。


頭に浮かんだのは、

え、これもしかして、ここで死んじゃうのかな。
嘘でしょ。こんなに急に。まだ何もやり遂げてないのに。
嫌だ。こんなに早く終わりたくない。頼む。

まだ、やりたいことがたくさんあるはずなのに。

そう、まだ終わりたくない。という感情です。


顔色が真っ青で

駅員さんに助けを求めたところ
すぐに救急車を呼んでくれたのですが、

遠くからサイレンの音が聞こえるまで
今、この場で死ぬ。
人生が終わるんじゃないかという
恐怖で
頭がどうにかなりそうでしたね。


こんな感じでタイトルのとおり

激務でぶっ倒れてしまいました。


その後も体調は悪化し続けたので
仕事どころではなくなりましたね。


少しでも仕事の負荷がかかると

両方の鼻から流血して気絶しそうになってました。
僕の身体はどうなってしまったんだろう。
恐怖で精神的に追い詰められ、夜も眠れませんでした。


もうそんな状態になってしまったので

ついに、上司から「休職」を言い渡されました。
もう、休め。と。


僕は、拾ってもらったのに。

役に立たないといけないのに。


その時はまだそんなことを

考えていたので抵抗しました。
でも、身体は言うことを聞かないので
結局、1か月間のお休みを貰うことに。


何やってるんだろう。
ふざけるなこの身体。言うこと聞けよ。
情けない。早く仕事に戻らないと。


頭の中ではずーっとこの調子だったんです。


休職中、実家で療養することになり、

父親が地元から車で迎えに来てくれて
普段は優しさの欠片もない父の口から

「りょう、頑張ってたんだな」

という言葉が出ました。


そうしたら、
自分の頭の中とは裏腹に

辛かった。
怖かった。
苦しかった。

と涙が止まりませんでした。
いい年こいて恥ずかしいですが
父親の運転する車の中で泣きじゃくりました。


限界だったんだなあ。
やっと気づきました。


僕は、自己評価が低すぎるばかりに

心も身体も壊すことになってしまいました。


だから、この生き方を変えることを

真剣に考えました。


もう自分の評価を他人に

委ねる生き方は辞めたい。


そのために、会社に依存しない

僕自身が強い個人になりたい。


そうすると、経済力が必要になる。

お金がないと資本主義のこの国で
力強く生きていけないから。


そうか。稼ぐ力があれば

僕のこれまでの悩みは根本的に
解決するかもしれないのか。
と考えるようになりました。


僕がビジネスに出会ったのは

そんな時でした。

 

サラリーマンから起業して1日24時間自由状態な男との出会い


きっかけはツイッターでした。


当時はツイッターをぼーっと

眺めることが多かったんですけど

仮想通貨とか
不動産投資とか
ブログとか

会社以外でお金を稼ぐ話題が
よく流れてきていたんです。


ただ、どれもしっくりきませんでした。
あ、なんとなくじゃないですよ?


いや~、ぶっちゃけ
お恥ずかしいのですが、

仮想通貨はガッツリやって大損こいて
不動産投資はセミナーに行って鬼営業を受けて
ブログは”ワードプレスの立ち上げ”という
最大の難関はクリアして1記事は書きました。笑
(このブログが実はそうだったり)


こうやって、ひととおり挑戦して

違うな。という結論を出したわけです。
なんか現実感がないというか。


馬鹿な子と思われるかもですが
「これだ!」
と言う感覚がどれもなかったんですね。


そんな中、目に飛び込んできたのは

ネットビジネスで起業した男のツイッターアカウント。
そして、彼のブログです。


月収ウン百万円・・・!!?

1日24時間ほぼすべて自由時間・・・!!?

思いついたら土日平日関係なく自由に行動・・・!!?

そして、ビジネスを自動化・仕組み化だと・・・!!?


もうワケがわかりませんでしたよね。

こんなチートな人生ありなんですか?
親がお金持ち?詐欺師?なんて。


ただ、その方も最初はサラリーマンで

独立したけど2度も失敗して人生ドン底まで落ちて
奥さんと娘さんがいるのに借金はウン千万円。


そんな僕ですらドン引きするレベルから
ネットビジネスで人生を大逆転させて
時間や場所に縛られない自由を手に入れたこと。
ネットビジネスには再現性があること。


こんな風にこの当時
僕が喉から手が出るほど欲しかった言葉を
ずらああああっと並べてくれていました。


怪しい。。怪しいけど。。
まさにこんな人生を作りたかったんだ僕は。
もう、嘘でもいい。もっと知りたい。。


半信半疑のままメルマガに登録したところ
えげつない量と質の情報が送られてきました。


やっぱりこれだ!

ネットビジネスが僕が今やるべきことなんだ!
僕もお金と時間、場所や人間関係に縛られずに
誰よりも自由を感じて生きていきたい!


どんどん前のめりになっていきました。笑


その後、起業家さんの
コンサルティング企画の案内があり
僕は迷わずに飛び込みました。

この決断が分かれ道でしたね。


マジで教えてもらったことを

素直にやりまくっただけです。


初月に30万円。7か月目に50万円。


起業家さんも言っていたけど

正しい知識を身につけて
一定期間継続すれば誰にでもできる。
というのは本当だったなと。


今はもっと上を目指していますけど

ネットビジネスに腰を据えて取り組めば
なりたい自分になれる。
生きたい人生をつくれる。

ということは僕が身を持って保証します。


これが僕のこれまでの人生と

ビジネスとの出会いです。

ーーーーーりょうの物語終わりーーーーーー

あらためて現在、ブログコンセプトおさらい


いかがでしたか?


自分語りをしましたが、

これまでのすべての経験が情報発信の理念や
当ブログのコンセプトに繋がります。


それは、

本気でわがままを貫く生き方をしよう


というものです。


僕はこれまでの人生を振り返って

もう2度と後悔したくないし
充実した人生を諦めたくないし
みんながしてるからという理由で
我慢なんてしたくないし
とにかくわがままに生きていきたい
もっとすごい人に会ってみたい
という感じです(わがまま笑)。


でも、わがままを貫くなら
それ相応の実力が必要になります。


ちなみにこれは「東京喰霊」という漫画の
「この世の不利益はすべて当人の能力不足」
というセリフにインスパイアされてます。笑


実力をつけないと不利益を受けることになるよ。
ということであり。


利益を得たいなら。

わがままを通したいなら。
人生を充実させたいなら。


それに見合う実力をつけてやろう。
ということなんですよね。


実力というのは

経済的自立に直結するような
知識、経験、スキルなどですが
当ブログのほかの記事に

そのエッセンスを混ぜていきます。


でね。この記事では

僕の人生がどれだけ平凡で
パッとしないものだったか伝わるかな
なんて思いながら書きました。


極端に自分を下げることなく

これが僕のリアルな人生です。


こんなどこにでもいる

むしろ何をしてもダメだった僕でも
覚悟を決めてビジネスに取り組んだら
“成長”を超えて”進化”することができました。


「りょうさんのように自信がある人は・・」

クライアントさんに言われたことがあります。


でも、この記事の中で
赤裸々に語ったのが本当の僕ですから
ビジネスは人を進化させる
劇薬だということです。


ビジネスを通して学べることは

幅広過ぎるし、本業にもプライベートにも
好循環が起こること間違いなしです。


この記事をきっかけに僕のように
「ビジネスっていいじゃん!」
という人が生まれてくれたら嬉しいです。


また、ブログのコンセプトでもある

わがままを通す、そのために実力をつける
については、僕自身体現していきます。

この理念、コンセプトに
共感してくれる仲間が増えたら
嬉しいなーと思います。


最後まで読んでくださり

ありがとうございました!


p.s.


また、僕のメルマガでは

ブログのコンセプトと同様に


本気でわがままを貫く生き方をしよう


を実現するための具体的な情報や

オープンなブログでは書けないような話も
惜しみなく発信しています。


無料で購読できます。
有料級のコンテンツも配布していますので
少しでも興味がある方は是非登録してください。


>>メルマガ登録はこちらから


ではでは。

わがままな生き方を実現する「ロードマップ」を今だけ無料公開

 
僕はまったくの初心者からネット起業して
情報発信ビジネスで7か月目に月収50万円を達成しました。
その後、月収6桁安定、最高月収は100万円を超えました。

ただ、ビジネスを始める前の僕は
激務で身体を壊して休職。貯金残高0。パッとしない残念な奴でした。
起業してからの学び、出会い、経験が僕を変えてくれたんです。

現在は、独自コンテンツ販売をしながら
スモールビジネスを構築するプロとして
個人や、個人事業主の方のコンサルティングもしています。


ブログやSNSでは出すのをためらうような情報も
無料メルマガでは惜しみなく発信しています。


自己投資400万円以上で学んだ「正しい知識」
異次元レヴェルの起業家から継承された「スキルの数々」
情報発信ビジネスで、
ゼロから収入を生み出すロードマップをお話しています。

無料メール講座にご登録いただいた方には
ネットビジネススタートアップセミナー3本をプレゼントしています。

さらに、感想提出で有料販売(4,980円)中の
note(実績0→月収50万円手法)もプレゼント中です!

→メール講座を読んでみる